オリンピック・パラリンピックから引き継がれるもの

Anton Geesink
©1964 / Comité International Olympique

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を記念した「Olympic Heritage / Paralympic Legacy オリンピック・パラリンピックから引き継がれるもの」を駐日オランダ王国大使館で開催しています。

【オンラインツアー】

スポーツの国際化やスポーツを通した相互理解を考える機会となるこのプロジェクトを、多くの方々と共に分かち合いたいと思い、オンラインツアーも準備いたしました。

日程:7月29日(木)よりお楽しみいただけます。
方法:こちらをクリックしてください:  YouTube Link

本展は以下のオリンピズムの根本原則に基づき企画・構成されています。「スポーツをすることは人権の1つである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。」

ここでは、この根本原則を象徴する2つの事柄をご紹介しています。一つは1964年10月23日に、日本武道館で行われた柔道の無差別級で金メダルを獲得したアントン・ヘーシンクの姿を介して。ヘーシンクがそこで見せた対戦相手への敬意は、オリンピック精神そのものを体現しています。柔道がオリンピック公式種目として世界に認められるきっかけをつくったヘーシンクは、文字通りゲームチェンジャー、柔道界の革命児でした。彼はまた、日本文化の良き理解者であり日本人の良き友でありました。この大使公邸にも生涯を通して幾度となく訪れています。本展のために、あの伝説的な対戦で着用した柔道着が57年の時を経て、この日本に戻ってきました。へーシングもその柔道着姿で、皆様をお迎えしています。

もう一つは、社会レガシーに貢献する「Game Changer プロジェクト」です。このプロジェクトは、障害のある人の社会進出を促す目的として、オランダの専門家と日本のスポーツクラブや学校、東京都内の自治体との間でお互いの知識や情報を交換してきました。また、スポーツ実践における人権に着目し、誰もがスポーツを楽しむことができる機会を提供し続けています。大使館は、この意義深いプロジェクトに立ち上げ当初から関われたことを大変誇りに思っています。

この展覧会が、皆さんの心に秘めたオリンピック・パラリンピック精神に火を灯し、その小さな聖火を誰かにつないでくださるきっかけになることを願っています。最後に、この展覧会の実現に多大なるご協力を賜りましたオランダオリンピック委員会・スポーツ連合(NOC*NSF)の皆様に感謝申し上げます。

ペーター ファン・デル・フリート

駐日オランダ王国大使

【アントン・ヘーシンクが残したもの】

1964年に開催された東京オリンピックで、柔道は初めて正式競技として採用されました。柔道発祥の地での採用は注目の的となり、日本のお家芸を世界に知らしめる舞台は整いました。その期待通り、軽量級、中量級、重量級と、全ての階級で金メダルを獲得し、日本にとって残るは無差別級だけでした。柔道といえば無差別級、そう考えられていた時代のことです。この試合は誰もが待ち望む世紀の大一番、そう言っても過言ではないでしょう。そして競技日程の最終日の10月23日、日本武道館で柔道無差別級の決勝戦は行われました。

先に会場に現れたのは、ここまで順調に勝ち進んできたオランダのアントン・ヘーシンクでした。当時、彼は30歳の世界王者で、身長198 cm、体重120 kgの大男でした。その対戦相手は、敗者復活戦を登り詰めてきた全日本王者の神永昭夫でした。ヘーシンクとの体格差は一目瞭然でしたが、神永も猪熊功と一緒に神猪時代を築いてきた日本の柔道界を背負う選手、役者は揃いました。

オランダのベアトリクス王女と皇太子殿下御夫妻が見守る中、決勝戦は始まりました。神永に予選で勝っていたヘーシンクが精神面にも有利との見方もありましたが、それでも心・技・体が備わってこその柔道、神永が負けるわけがないとも思われていました。ところが試合は思わぬ方向に進みます。神永は仕掛けた技をヘーシンクに潰され、逆に袈裟固で押さえ込まれてしまったのです。そして、懸命に逃れようとする神永をヘーシンクは30秒間押さえ続け、試合開始から9分22秒袈裟固一本で神永を下し金メダルを獲得しました。勝負が決まった直後、静けさが武道館を包んだと言われています。これが後世に語り継がれることとなる、「日本の柔道が世界のJUDOになった瞬間」1 でした。

しかし、ヘーシンクの偉業はそれだけではありません。ヘーシンクは試合に勝つと咄嗟に険しい顔をしながら手を上げて誰かを制したのです。オランダの関係者が喜びのあまりに畳に駆け上がろうとしたのを、彼が止めたのでした。こんな大舞台にも関わらず、金メダル獲得に陶酔し我を忘れることもなく、礼節を重んじた行動は人々を感動させました。正しくも、心・技・体が備わった、真の金メダリストの姿がそこにありました。

本展覧会では、この歴史的瞬間にアントン・ヘーシンクが着用していた柔道着を展示しています。この柔道着が、東京オリンピック後に日本に戻るのは初めてのことで、とても貴重な機会です。彼の柔道は、スポーツの国際化や真の相互理解を改めて考えるきっかけを、私たちに与えてくれます。

Game Changer, Edogawa-ku
©NOC*NSF / JSC

【パラスポーツで社会を変える】

オリンピックとパラリンピックが長年にわたって築いてきた社会レガシーに貢献するべく、オランダオリンピック委員会・スポーツ連合(以下、NOC*NSF)は、大会開催都市を支援する活動を行っています。前回リオデジャネイロでの成功体験をもとに、東京2020オリンピックに向けて新たに「Game Changerプロジェクト(以下、Game Changer)」を開始しました。

誰もが活躍できる共生社会の実現は、東京2020組織委員会と日本政府が掲げている大きなテーマの一つです。NOC*NSFやスポーツ団体は数十年にわたり、パラリンピックや障がい者スポーツの分野において多くの実績を重ねてきました。その中で、スポーツが障がいのある人に自信を与え、社会進出を促し、そして障がいのある人とない人の接点を増やす契機となることを実証してきました。今回の東京大会は、NOC*NSFがこれまでに積み上げてきたそれらの知見を、日本国内にも広める最良の機会と捉えています。

2017年以降、オランダの専門家が東京のスポーツクラブや学校、地方自治体に赴き、障がい者スポーツに関する知識や経験を広めてきました。組織強化に焦点を当てたその内容は、障がい者のためのスポーツプログラムの、国内での主体的な運用を目指しています。他方のオランダの選手との交流では、パラリンピックでの成果など選手自身の体験談やスポーツへの情熱を直接生の声で伝えることで、日本にいる障がい者やその家族、教職員やコーチらを勇気付けています。

「Game Changer」は、NOC*NSFが日本スポーツ振興センターと駐日オランダ王国大使館の協力を得ながら、東京都の3つの自治体(足立区、江戸川区、西東京市)と連携することで実現しています。新型コロナウィルスの蔓延により、東京2020大会も延期され、さらに両国間の移動が制限されていることから、このプロジェクトも多大な影響を受けていますが、ワークショップやミーティングなど活動の一部をオンラインで実施することで、このプロジェクトは2022年3月まで継続する予定です。

詳細:

足立区の取り組み

江戸川区の取り組み

西東京市の取り組み

Anton Geesink Commemorative Silver Coin
©Ryuichiro Suzuki

【特別記念硬貨「Tokyo Then and Now」】(500セット限定)

オランダ王国造幣局

■アントン・へーシンク記念銀貨(5ユーロ)

■ノエル・ファントエンドの銀製プルーフメダル

貨幣を納める専用の木製パネルは、へーシンクがユトレヒトに設立した道場の床で実際に使われていた木でできています。そのパネルには「東京の昔と今」を意味する「Tokyo Then and Now」の言葉が刻まれています。

主催: オランダ王国大使館
協力: NOC*NSF(オランダオリンピック委員会・スポーツ連合)
企画構成: 清水美帆
展示アドバイザー: 高井康充
会場デザイン: 岸本真之
デザイン: 鈴木清直
翻訳: 池田哲
桑原果林(ソウ・コミュニケーションズ)、
ジェイミ・ハンフリーズ
字幕・スライドショー: 松村康平
写真: 鈴木竜一朗
 

謝辞
開催にあたり、多大なるご協力を賜りました。
下記の皆様に心より御礼申し上げます (敬称略・五十音順)
エリック・プロンプ (ユトレヒト資料館)
久保田潤 (日本スポーツ振興センター)
ハンス・ブリンクマン
ベルナルド・ヒルゲルス (NOC*NSF)